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    1章 魔法生活、始まりの日

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 確認したい。
 オレは一般的な男子高校生で、今は下校途中だ。いいかげん見飽きてしまったブランコと砂場しかない公園を横断中。
 そのはずだった。
 突然足ががくんと水平感覚を失ったと思えば、オレの耳では木々をなぎ倒すような地響きの音が木霊していた。一瞬何が起こっていたのか分からなかったが、 それが地震だと気付くのに秒単位はいらなかった。それはほんの数秒で収まったものの、オレに取っては永遠の時間のように思えた。そして、気付いたときには 尻餅をついて、地面に座り込んでしまった。
 その直後、赤い何かが、獰猛な野鳥のようにオレの方に迫ってくる。しかしそう思った直後には、我が髪の毛に熱と焦げ臭い香り。だが、それだけだった。感覚からして、 それは後方へ行ってしまったようだが、それを確認できるほどオレは勇者ではない。
 それからしばらく目を閉じていたが、そのままでいるのはかえって不安になってきた。また赤いのが向かってくるかもしれないし、地震も起こるかもしれない。ゆえにオレは、 今始めて目を開ける赤ん坊のように光を探す。しかし、そこにあったのは 白い世界、辺りは白煙に包まれていた。
 そして今、白煙の中その姿がはっきりと確認できるほどの至近距離に、セーラー服姿の女の子が一人、そこに現れた。見間違えだと思うが、上から降ってきたような。
 呆気にとられたが、次の瞬間心臓が止まる。その女の子の両腕は、燃え盛る炎に包まれていた。焦げ臭いなどではすまされない、獰猛な炎。すぐにそれを消さなくては、 女の子の命が危ないのではないか。しかし、どうしたらそれを消せるのか。
 刹那、尻餅のせいでただでさえ近かった地面が、より近くにオレの顔の目の前にあった。何が起こったかは分からないが、後頭部に激しい痛み。数秒前に 何を考えていたか、よく分からない。分かることがあるとすれば、オレは地面に倒れていて、たぶん殴られた。
「あれ、あれれ? ま、間違えた……?」
 意識が薄れるというのはこういうものなのか。と、もはやほとんど回らぬ頭で思ったとき、辛うじて機能していた耳は、そんな声を捕らえていた。


 ほのかな紅茶の香り。紅茶のことは詳しくないが、ハーブティーであることは分かる。目を開ける前に確認できたその香りは、少し痛む後頭部のことをなんとなく忘れさせ、 体を起こす手助けをしてくれた。
 そして目を開け、すぐに視界に入ったのは、女の子。セーラー服姿の女の子だった。ティーカップを左手に持ち、オレが目を覚ましたことに気付いたのか、バースデープレゼントを わくわくしながら開ける子供のような目でこちらを見ている。
 少しづつだが、眠っていた脳や体が起き始めると、その女の子の、パッチリと大きい目に釘付けになった。そして、その女の子の、哀願動物も逃げ出してしまうような顔立ちに、 また目を奪われる。
「あ……起きた? よかったぁ」
 髪は少し長めでツインテール。それを結う赤いリボンが印象的だ。着ているセーラー服は、オレが一昨年まで通っていた中学のものだろうか。胸元のリボン辺りの 主張は少ないが、そこは今後に期待ということで。
「えっと……大丈夫?」
 困ったような表情を浮かべる女の子。すぐにその理由に気づき、目を背ける。メガネをはずした近眼の人並みに凝視していたかもしれない。頭が少し寝ているせいにして、 ごまかすように辺りを見渡す。
 しかし、収穫はあまり多くない。分かることといえば、オレがいるのはどこかの部屋で、さきほどまでは、今オレが座る黄色のソファに寝かされていたんだろうということ。 前にあるテーブルに置かれた、女の子が持っているものと同じティーカップに入れられたハーブティは、オレのための物だろうということ。 そしてオレは、現在女の子と二人きりだということくらいだ。
「うんとね、えっとね……倉地拓斗くん……? でいいのかな。カバンの中勝手に見ちゃった、ゴメンね。それで、どこか痛いところとかない??」
 二人きり、と考えると、一瞬で目が覚めた気がしたが、頭に血が上り始めて、結局頭は回らない。問われているのは分かるが、状況の整理が全くできない。自分の名前を 呼ばれたのが、余計にいけなかった。声も高めでかわいくて、それでオレの名前を言うのだから、たまらない。
「ううう……何か言ってよぉ……。あっ、も、もしかして、リンが頭ゴンッてやっちゃったせいで声がでなくなったとか?! ど、どうしよぉ〜〜!」
 急に女の子は立ち上がる。そして気づいたときにはオレの隣にいた。顔が近い。
「あ、あのぉ」
「そ、そうだ、こういう時はお風呂だよっ! 拓斗くんちょっと汚れてるっぽいし、シャワーだけでも浴びれば、なんとなくよくなるかも? マイナスイオン効果?!」
 女の子は何やら混乱しだしたのか、よく分からないことを言い始めたので、とにかくしゃべれるアピールだけはしようとするオレ。
 しかし、それは呆気なくさえぎられ、その細身の腕からは考えられない力で、オレはひっぱられる。逆に女の子の落ち着きがなくなったせいか、オレはかえって冷静になって きた。だが、女の子にひっぱられなす術なく、でかい犬を幼稚園児が散歩させているかのように風呂場までつれてこられていた。我ながら情けない。
「じゃあごゆっくり〜」
 そして、オレの脱衣場に押し込むと、もといた場所に戻っていく。オレがしばらくその場に立ち尽くしていると、食器の音がしだしたので、片付けでもしているのだろうか。
「……」
 ポツンと一人になると、いよいよ冷静になり、このおかしな状況を感じつつあった。
「こういう時はお風呂……って、ねぇ?」
 無駄に独り言がもれる。そうでもしないと、せっかく冷静になったのに、大声で叫びそうだ。冷静になったせいで混乱するのもおかしな話だが。
 それでも、体が汚れているのはたしかで、よく見ればタオルなども用意してある。せっかくの女の子の好意を、無駄にするわけにはいかない。それに実際、シャワーでも浴びれば 頭はすっきりしそうだ。
 結局のところ、整理のつかない頭では、この状況に流されるのが精一杯だった。


「んんー……」
 熱いシャワーの湯は、全てを洗い流してくれる。
 頭のもやもやもだんだんと消え、ようやくここに至るまでの状況を思い出し始めた。マイナスイオン万歳。
 思い出す途中、思わず髪を手で触りつつ、風呂場にある鏡を覗き込んだが、異常はなさそうだ。
 それにしても、あの赤い何かはなんだったのだろうか。地震は別に不思議ではないが、赤い何か。超常現象ということばで片付けるには、オレの頭、主に髪の毛が 収まらない。
 だが、考えても分からないので、さらに先を思い出す。
 そこで、気づいた。
「あ、ああ!」
 オレは考えもなしに、風呂場の外へ飛び出す。シャワーは止めたかどうか分からないが、スタートダッシュだけならオリンピックに出られるだろう。
「君ってあのとき腕が燃えてた女の子……あれ?」
 バタンとおおげさな音を出してドアを開けたが、リビングに女の子はいなかった。
 かわりに、長い髪の女性が一人。見知らぬ人だ。ソファに腰を下ろしている。きっとこの家の人なのだろう。
「……」
 後悔先に立たずというのは、こういうことを言うのだろう。
「あの……あは、は……」
 自然と変な苦笑いが漏れてしまう。
 その女の人は、まるで裸の男が唐突に飛び出してきたような表情をしている。いや、まさにそういう状況なわけで。
 状況を整理する。むこうから見れば、当然オレは見知らぬ人だ。そんな男が風呂場から、しかもタオル一枚辛うじて巻いた状態で、何か叫びながら 現れたらどう思うだろうか。
 変質者、決定。
 しばらくは針が落ちる音さえも聞こえそうな状況だったが、オレはどうすることもできず、ただただその女の人を見つめることしかできない。
 始めはむこうも驚いているようだったが、見る見る女の人の顔は赤くなり、肩はワナワナと震えだす。そして、オレを視界から隠すように、女の人は手をこちらに かざした。
「え?」
 次の瞬間、耳元で全力でシンバルを叩かれたような感覚。同時に額には、鈍器で殴られたような激痛。 さらに、気づいたときには、オレの目線は天井を向いた、早い話が倒れていた。裸の全身に感じる床の冷たさ。
 意識が遠のく。
 オレは単なる高校生だ。それなのに、何なのだ、一体。
 足音がこちらに近づいてきたが、その主を確かめることは、できなかった。


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