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    2章 師匠と幼馴染が出会った日

     1


 暖かい。
 ふと気づくと、そんな単語が頭に浮かぶ。
 なんというか、全身が柔らかくて暖かいものに包まれていて、すごく幸せな気分だ。人肌のようなぬくもり。
「ん〜〜……」
 耳元で、人の声というか、吐息のようなものを感じる。なんだろうか。
 それはそうと、今オレは何をしているのだったか。この幸せな気分を壊したくないが、少し考える。
 そういえば、変な夢を見ていたような。地震が起こって、気絶させられて、風呂に入れられて。あのツインテールをした女の子はかわいかった。あんな女の子、実際にいるはずがない。 いたとしても、オレにはせいぜい夢のような存在。ありえない。
 そこまで考えて、目を開ける。
「……」
 すぐ閉じた。
 ああ、頭が痛い。起きたはずなのに夢の続きを見ているとは、この頭痛のせいに違いない。
「拓斗くぅん……」
 気のせい。この頭痛のせいだ。
 頭痛といえば、夢ではオレはそれを二回ほど経験していた。
 痛む箇所は、額辺りと後頭部。同じだ。きっと寝ている間にベッドの淵にでもぶつけたのだろう。オレは寝相が悪い、はず。
「リン、入るぞ」
 ドアを、ノックして開くような音と、そんな声が聞こえたが、この際は無視。それも夢の一部だ。
 やたらとリアルな夢だった。夢で痛みは感じないというが、あれはきっと嘘だろう。すごく痛かった。
「な……! 貴様リンに何をした!!」
 宙を舞う、というか、落ちる感覚。そしてすぐに全身に痛みが走る。
 突然何が起こったか分からないが、これにはたまらず目を開ける。
 見えたのは、また天井だった。しかし、すぐにそれを塞ぐように覗き込む人がいた。
「……え?」
 夢の中の女の子、だった。
「大丈夫拓斗くん?! ちょっとレイちゃん、いきなりヒドイよぉぉ」
「なんでリンとこの男が一緒に、ね、寝てるんだ! しかも男のほうは……は、はだ……」
 夢の続き、ではなかった。裸の全身には、やはり床は冷たい。
 裸。
「うわっあああ?!」
 目が覚めた。それはもう、王子様の口付けなんて比にならないくらいの衝撃で。
 全て思い出した。あれは夢なんかじゃない。地震も、風呂も、頭の痛みも。そして、さっき目を開けたとき目の前にいた、ツインテールの女の子も。 なんで同じ布団にいるんだとか、なんで寝てるときも髪を結ってるんだとか、いろいろ考えたが、何せ今オレは裸。昨日風呂から出て、気絶して、そのままで 寝ていたのだ。頭の中は、絡まった紐を解こうとしたら、余計絡まってとれなくなった、的な悪循環でごちゃごちゃになっていく。
 そして立ち上がると目の前には、二人の女の人。間違いなく、オレが夢の中の存在だったと思いたかった二人。
「お、おはようございます……」
 口から出たのは、ただそれだけ。
 本当に、情けない。


「……悪かった」
「いや、こちらこそ……」
 謝られた。髪の長い女の人に。
 勝手な第一印象で、クールアンドビューティー、でも冷たくて無口な人。と思っていたので、失礼な話だが、意外だった。
 謝られたのは、昨日の風呂から飛び出してきたオレを吹き飛ばしたことと、今朝ベッドから吹き飛ばしたこと。何か釈然としないものがあったが、 オレも後ろめたさがあったので、そこは飲み込む。
 ちなみに、ここはリビングで、オレは現在高校の制服を着用中。さすがにあの格好のままでいるのは、何かと危ない。変質者的という意味もあるが、自分の命の危険を感じる。
「はーい、お待たせ〜」
 お互い軽く頭を下げた後、なんとなく何を話せばいいか分からなくて困ったとき、あいかわらず赤いリボンでツインテールの女の子が、お盆に、ご飯や味噌汁、 卵焼きといった、純和風な料理を持ってやってきた。三人分ある。
 昨日もしたが、またぐるりと部屋を見渡す。昨日よりは多少落ち着いているせいか、うちのものより二周りは大きいであろうテレビや、アンティークっぽい時計、ピアノが 見て取れる。料理とのギャップを感じつつも、それなりに家具にお金が使われていることが分かる。
 そうこうしているうちに、その女の子が手際よく、ソファに座るオレと、その向かい側のソファの長い髪の女の人に料理を配ると、オレの隣に座り、最後に自分のものを並べた。食器も高そうだ。
「では、いただきま〜す!」
「いただきます」
 女の子に習って手を合わせ、何はともあれ箸を進める。朝はパン派だが、そこはどうでもいい。なにせ女の子が作った手料理、しっかり堪能しなくては。
「おいし……」
 正直な感想だった。ただの卵焼きなのに、思わず声が漏れた。うちの母さんは大雑把で料理があまり上手くないから、というのもあるかもしれないが。
「ほんと? ほんとに美味しい? 拓斗くん?! レイちゃんそういうこと言ってくれないから、すごく嬉しいよ〜」
 満面の笑み。そのままテレビに出れば、一躍時の人になりそうだ。こんな笑顔を見られるならば、ずっとこうしていたい。
 などと、今朝に引き続き幸せモードに入るオレだが、なんとなくおかしいと思い始める。いや、もっと早く気づくべきだったが。
「あの……いろいろ聞きたいことがるんですけど……」
 何が聞きたいのか、自分でもよく分からない。昨日からいろいろあって、やはり頭の整理が追いつかない。だが少しづつでも、独走している事柄を追い抜かなければ。
「えっと……」
 ツインテールの女の子、と言いかけて、すぐに飲む。そういえば、名前も知らないということに気づく。女の子は、オレのカバン探ったと言っていたから、 オレの名前を知っているのだろうが、自己紹介というものすらしていなかった。
「あ、えっとね、リンは海南リンだよ。リン、って呼び捨てでいいからね!」
 そんなオレを察してくれたのか、ツインテールの、もとい、リンは、そう言うとまたニッコリと笑った。女の子を呼び捨てにするのは、正直慣れていないが、 本人の希望ならば仕方ない。まあ慣れていないというか、他に女の子で呼び捨てにするのは一人しかいないのだが。
「風美レイ。名前で呼べ」
 次いで、向かい側の長い髪の女の人、レイさんが手短に名乗る。こちらは呼び捨て希望なしだ。
「オレは倉地……」
「知っている」
 最後に、二人に習ってオレも名乗ろうとしたが、レイさんに一刀両断された。第一印象、間違っていないかもしれない。
 だが、それは置いておく。他にも聞きたいことが山ほどある。事柄に周回遅れにされそうなほどに。
「それで、リン……」
「あ、拓斗くん」
 一刀両断、二度目。今度はリンにされた。
「リン達に聞きたいことあるだろうし、リン達も話すことがあるんだけど、あんまり時間がないから、帰ってからにしよっか。学校いかなきゃね〜」
 なんというか、一刀両断されてこっちは死んでいるのに、さらに屍を燃やされたような気分。ということは、またオレはこの家にこないといけないということか。 そして学校。完全に忘れていた。そういえば、リンはいつのまにか学校の制服着ていた。
 さっきは数分若かったオレの若気の至りで、ずっとこうしていたいなどと思ったが、ここにいてはいけないと、オレの本能が継げ始めているような。しかもご丁寧に、 その危険を表す方向まで告げられている気がする。敢えて言うなら、右斜め前から。いわゆる、レイさん。つまりは、レイさん。
「ほら拓斗くん、行くよ? 拓斗くんも学校あるよね〜。じゃ、レイちゃん行ってきま〜す!」
「え、ちょっと待っ……」
 オレは流されやすい。自覚はあったが、ここまでとは。川の上流から放った笹舟か。流されやすいというか、流れるのは必然。
 ということで、昨夜同様、異常な強さでひっぱられ、オレはなす術なく、玄関へと向かうことになってしまった。それも、またここに戻るという死の宣告に等しいおまけつきで。


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