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    3章 二人の師匠と腕試しの日

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 そんなのありか。
 リンと雨宮さんの対峙はいっこうに終わる気配はなく、地面の揺れは激しくなり、オレは姿勢を保つのがやっとの状態だ。こんな長い地震は今まで経験したことがなく、 不安は募る一方だが、不思議なことに頭の隅では"心配ない"ということば浮かんでいる。おかしな人達といるせいで、オレの頭もどこかへ行ってしまったらしい。
「はっ!」
 掛け声と共に、リンは両手をパンと叩く。同時に雨宮さんの方は、扇子を風を切るように振った。
 そして、二つのことが同時に起きる。リンの両腕には、炎がヘビのように巻きつき、肩まで達した。オレは一昨日、初めてリンを目にしたときのことを思い出す。あの時も、こうだった。 しかし、今はリンが焼けてしまうなどとは思っていない自分。
 一方、雨宮さんの周り半径一メートルくらいが、そこだけ地震のマグニチュードが桁違いなんじゃないかと思うほど グラグラと揺れだした。どうなっているかは分からないが、とにかくそこだけが綺麗な円で切り取られたように揺れている。 勿論、オレを揺るがすものも止まっていないが、雨宮さんは、バランスを崩すという状態を知らないように思える。
「いくよアテナっ!」
「いつでもどうぞ!」
 二人は同時に飛び出す。場違いな考えだが、妙に楽しそうだ。とはいうものの、この地震と、それをさらに悪化させる気がしてならない二人をどうにかしなくては、 オレは今夜二人の女に揺すられ続ける夢を見そうだ。
「はい、そこまでよっ!」
「ほらよっとー」
 刹那、リンの体はバック転をしたかのように一回転すると、背中から地面に落ちる。雨宮さんは、後方へ車にはねられたように飛ぶと、こちらも背中から落ちた。
 そして代わりにそこで立っていたのは、いつからいたのか、ピアさんと短髪で大柄な男だった。ピアさんはリンを、何の武術か分からないが、炎を ものともせず左手を掴み、リンの足を蹴り上げるようにして 今の状態にし、大柄な男の方は雨宮さんを、手に持つオレでは両手でも持てそうにない黒い大剣を右手一本で軽々と振り回し、雨宮さんの扇子を跳ね除けたかと思えば、アメフトの タックルみたいに雨宮さんにぶつかり、今の状態にしたのだった。


「本っ当に、いつも申し訳ないですわ……」
「ゴメンねぇ、気をつけてるんだけど……」
 今日この二人が謝るのを見たのは二回目となった。ピアさんと大柄男が親で、雨宮長女とリン次女がイタズラを謝っているかのように見えてしまい、思わず笑いがもれる。
 そんなオレを見ていたのか、ピアさんが小声で教えてくれた。リンと雨宮さんはいつもこんな調子らしく、楽しくケンカしていて、たまにエスカレートして今のように乱闘騒ぎに 発展するのだが、たいていはピアさんとその大柄男、安晴ヴィスマさんが止めるのだとか。どうでもいいが、おかしな名前の人が多いな。魔法会の偽名だろうか。
「よろしくな、拓斗ー」
 話がひと段落したところで、安晴さんはそう言ってでかい右手をこちらへ差し出す。包まれてみると、すっぽりと自分の手が隠れてしまいそうで驚いたが、肉刺だらけだと いうことに気付き、さっきの"右手一本で軽々と"というのは迂闊だったと思った。
 というか、なんでオレはまた握手なんかをしてしまうんだ。もう金輪際関わることのないようにしたい人達なのに。
 そりゃあ、リンはカワイイし、ピアさんは美人だし、雨宮さんは胸あるし、安晴さんは男として尊敬できるような気がするが、魔法なんてものを信じてしまっているのだ。 オレはそんなものを信じていない。超能力だとか、気功と呼ばれるものだとかもあまり信用していないのに、ゲームでしか出会わないようなそんなものを信じるくらいなら、 邪馬台国の卑弥呼政治を信じたほうがまだましだ。
 しかし分からないのは種、一昨日から今に至るまで様々なものを見たが、どうやってそれを行っているか予想すら立たないということだ。 リンとレイさんは否定していたが、やはり手品のようなものなのだろうか。
 勿論、魔法があったらいいな、と思ったことがないとは言わない。だが、それはあくまで妄想。ありえない。
「……」
 気付くと、リン以外の三人に、ジロジロと見られていた。動物園の動物達の気持ちが突然分かりかけたが、すぐ頭を振ってかき消す。オレは見世物じゃない。
「あの、なんですか……?」
「いやな、これがリンが育てる魔法見習いか、と思ってなー。スマンな、三人でよってたかって」
 オレの問いに答えたのは安晴さん。ぜんぜんスマなそうじゃなく、がははと笑っている。何か動物的なものを感じてしまう、ライオンとか。
「拓斗さんの師は私が……」
「アテナ」
 隣では、雨宮さんが喚きかけたようだが、ピアさんがことばを途中で遮る。
 なんでピアさんのような人が魔法なんてものを信じているのだろうか。少しズレた印象を受けるリンを含めたほかの三人とは違い、ピアさんは落ち着きがあって、 保育士みたいなイメージが浮かんでくる。実際なったとしたら、子供達は喜んでピアさんについていくだろう。
「さってと拓斗くん、ホントならすぐにでも魔法稽古に入りたいところだけどっ、その前に魔法とはなんたるかを教えてしんぜようっ!」
 この人達が園児だとしたらどんな感じだろうと思いをはせ、安晴さんはガキ大将ぽいなと考えついたとき、リンがサムズアップとウィンクを携えてそう言い出す。 入会の儀式でも始めるのだろうか。耳栓は常備しておくべきだった。
「ヴィスマさん、これいつまで持っとけばいいんスか?」
 手が耳を塞ぐのはあからさますぎるなと考えていると、オレの背後から声が。誰だ、こんなときに。
「おう、スマンがもちっと持っててくれー。それとついでだ、お前もリンの話聞いとけー」
 振り返ると、バイオンリン、いやそれより大きい、チェロかコントラバスだろうか、それらを入れるケースを持った、それのせいで顔は見えないが、声から判断するに男が 立っていた。なんというか、口に何かをくわえているような話し方だ。にしても、他に持ち方というものがあるだろう。
 安晴さんはその男にそう言い、リンに向き直る。
「こほん、それじゃあレクチャー始めっと!」
 "こほん"とそのまま口に出したのはいかにもリンらしく思いつつ、仕方ないので聞くことにする。どうせくだらない話だろう。一種宗教のようなものなのかもしれない。
「まず、魔力について。これって実は、誰でも持ってるものなんだよねっ」
 オレはきっとマジメなんだろう。面倒くさいと思いつつも、なんとなくリンの話は頭に入ってくる。
 リンはそれから、魔力なるいかにもゲームやマンガっぽい単語の説明をする。それによると、魔力は体力や気力と類義語で、人が活動する際必ず必要な ものであり、実際人は毎日消費しているのだという。
「次はね、次はね、もう魔法の使い方の説明っ」
 笑顔で続けるリンは、魔法を発動するには、まず頭の中で操りたい魔法のイメージをし、手を叩くなど自分に対して合図を送り、それを具現化することで発動すると言う。リンが手を よく叩いていたのはこれのためで、雨宮さんが扇子を振ったのもこのためだとか。ちなみに、それを有印魔法というらしい。対義語は、まんまで無印魔法。意味もそのまま 逆で、合図なしに発動する魔法とのこと。
 頭が痛くなってきた。なんてバカらしい。頭のネジが数本抜けたとか思っていたが、頭のネジ全て抜けているのではないだろうか。
 というか、そんなイメージする程度で魔法が使えるならば、もっと社会にそれが広まっているに決まっている。
 しかしリンは、そんなオレの心情など知るはずもなく、学期終わり、生徒達は早く休みに入りたくてうずうずしているのに、そんなことはおかまいなしな顔で話す校長のように 続ける。
「それでそれで、なんで魔法が広まっていないかっていうと、普通の人はイメージと同時に魔力を放出することができないからなんだよね〜。そこで登場するのがこれっ!」
 自分の考えていたことの答えのようなことを言い出すリンに驚いたが、リンが手にする物体を目にして、すぐに驚きはどこかへいってしまった。
 そこにあったのは、ブレスレット。そこらの雑貨屋で数百円もあれば買えるだろうという、銀色のブレスレット。どうせ魔法道具の一つなのだ、みたいなことを言うのだろうが、 怪しいを通り越して哀れになってきた。強いてその効能をあげるなら、オレの驚きを吸い取るくらいか。
「これはね、人の体の中にある魔力を、少しず〜つ吸い取って、魔力を体の外に出す感覚を覚えさせてくれるんだっ! だから、はい、拓斗くんっ」
 人間、どうぞと言って物を渡されたら、思わず手に取ってしまうもので。ブレスレットはすでにオレの腕に。
 もしかしたら、そんなのはオレだけなのだろうか。路上ティッシュ配りを素通りできる人達が不思議でしょうがない日々。
「あ、実際魔法を使ってみる前に、もうちょっと魔法の説明ねっ」
 ブレスレットの付けた途端の冷たさ以外何も感じないことが逆に気になるが、やっぱりただのブレスレットだと思わせる材料となった。それでも続くリンのレクチャーを、 ここまで付き合ったのだからしょうがないとあきらめつつ、苦手な英語の授業のようにオレは聞く。
 リンによれば、魔法は大きく三つに分類されるのだという。初級、中級、上級。安直な分け方だ。
 実際のところそれぞれの区分は曖昧だが、実在し、イメージし易いほど初級よりで、今の社会ではありえないとされるような行為、つまりイメージしにくいものは上級より。 例えば、炎や水を扱うのは初級魔法で、地震、雷が中級。物を浮かせたり瞬間移動させたりするのは上級だそうだ。
 物を浮かせたりするのはマンガなどでよく見るのに上級魔法なのかと、一瞬不思議だと思ってしまったが、頭を思い切り振って、その上ガンガン叩いてその思いを消し去る。 信じてしまったみたいじゃないか。オレは洗脳されないぞ。
「以上っ、リンのレクチャーはこれにて終了ぉ〜」
 そう言って、一人で拍手するリン。ピアさんだけが遅れてノッていた。
「それでは拓斗さん、早速やってみてはいかがでしょうか?」
 言われるような気がしていた。雨宮さんの目は変に輝いている。
 それでもオレが逃げ出さなかった、いや、逃げ出せなかったのは、自称魔法使い四人プラス背後にいる謎のコントラバス男の監視があったせいだ。 そうか、ここは動物園などという生易しい機関ではなく収容所か。思い込みであることを祈る。何にしても、逃げ場はない。フリだけでもしなくてはならないようだ。
「おう、そうだ、お前にもやっとかないとな、これ。拓斗の次はお前の番だぞー。ほれ」
 雨宮さんの隣では、安晴さんがそう言ってブレスレットをオレの後ろへ放る。お前というのは後ろの男のことだろう。直後、持っていたケースを落としたのであろう音がする。
「また物を投げるし。ケース落としちゃったじゃないスか」
「俺が物を投げるときは"ほれ"って言うだろー? だからお前も取れたじゃないか」
 あいかわらず物をくわえたような非難の声が聞こえたが、安晴さんは軽く流す。まったく悪びれていない。
「それじゃあ拓斗くん、いってみよ〜〜!!」
 リンは、風に舞うパウダースノウ並みの軽さで言いやがる。オレの気持ちを少しは察して欲しいものだ。
 勿論、そんなことをリンが察するはずもなく、オレはとりあえず、スノウを溶かしにかかることにした。すなわち、そんなことできないアピール。  


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