3章 二人の師匠と腕試しの日
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ことばがない。
この状況下で逃げることなどまず不可能。魔法会などに入る気はさらさらないが、とりあえずカタチだけでも見せておかないと、いつまでたっても開放されはしないだろう。
なのでとりあえず、夏休みの課題並みにやらされている感はあるものの、オレは目を閉じた。いかにも、それっぽく。
とりあえずイメージするのは炎。最近何だかよく見るし、四年前のことを思い出せば一発でイメージできる。思い出したくない記憶ではあるが、ほかに思いつくものがなく、
さっさと終わらせて帰りたい。
紅蓮の炎という表現があるが、それは嘘だとオレは思う。黒い煙と、一種の黒い心が混ざると、それは赤黒い色となり、全てを食い尽くす。水など敵ではない。
揺らぎ揺らぐ。その熱は数メートル離れていても感じ、さらに近づけば触れていなくとも内面から焼かれる。
そして引き起こす、爆発。その風は炎そのもののように周囲を熱で侵し、風圧により全てをなぎ払う。コンクリートなど、ないも同然。紙のようなものだ。
手を叩いた。リンがやっていたのと同じように。
右手をかざす。レイさんがやっていたのと同じように。
「これは……! 下がってくださいリンさん!」
「え? 何っ?!」
刹那、オレが見たのは炎。それ以外に表しようがない。
渦を巻く炎は己の欲望を満たそうと暴れだす。
雨宮さんがリンを突き飛ばすのが見えるが、それは視界の片隅の出来事。オレが見たのは炎。それはまるで自動車を焼き尽くすように。
「ピアっ!」
「うん、分かってる!」
安晴さんが叫ぶ。ピアさんも叫んでいる。だが、それは意図せず耳へと招いた雑音。オレが聞いたのは炎の音。益々勢いを増す音。それはまるでガソリンに引火し、
周囲を巻き込むように。
「ぁ……」
誰の声なのか。あまりにも近く、あまりにも遠くから聞こえた声。オレの声。
だがオレが見たのは、オレが聞いたのは、炎。四散し、辺り一体の色を変えていく。赤黒く、変えていく。風が木々を揺らす音しかしなかった公園は、
爆音に包まれているようだが、もはや何の音か分からない。それはまるで、自動車が、爆発したように。
何だこれは。この目の前の光景は何だと言うんだ。
オレは何もできないことを見せるはずだったのに、それだけだったのに。
これでは、本当にスノウが溶けてしまう。
「すごいよ拓斗くんっ! ホントにすごいよぉ!!」
気付いたときには、公園は元の色に戻っていた。
目の前にはリンを始め四人の自称魔法使い達が喜々としてこちらを見ている。リンは四人の考えを代弁したようだ。
「本当に素晴らしいですわ拓斗さん! 魔法見習いで、しかも初めて使う魔法で、あんなものを出すことができるなんて、前代未聞、空前絶後、未来永劫ですわっ!!」
雨宮さんも声を張り上げる。
以下、ピアさんと安晴さんも同じようなことを言ったが、あまり耳には入ってこなかった。
なんでこの人達はこんなに嬉しそうなんだ。あんな恐ろしいものを見たのに。
足の力が抜ける。即座に尻で感じる地面の感触。恐ろしく暖かい。
「どうしたんだ、拓斗ー?」
途端、喜々とした表情は怪訝なものに塗り替えられ、それは安晴さんのことばに出された。
オレは何をしたのだろうか。夢でも見ていたのか。そうでなければ、オレの手からあんなものが現れるなどという事態は起こりえない。そうだ、夢だ。今は何もないではないか。
白昼夢だ。
では、今オレが感じている違和感はなんだ。僅かに残る熱、脳内の映像。夢なんてものは起きてから数分で忘れるものだ。いつもそう。ならば、消え去ってくれ。
「ねぇ、大丈夫?」
それを問いたいのはオレだ、ピアさん。この四人の考えていることが本当に分からない。なんで、そんな平常心でいられるんだ。人の心配をできるほどに。
大丈夫かと問われるべくは、目の前の四人ではないのか。
「しっかりしろ、拓斗っ!」
それとも、おかしいのはオレのほうなのだろうか。その証拠に、幻覚まで見えてきた。
「お前らー、知り合いなのか?」
安晴さんもこの幻覚が見えているらしい。知り合いも何も、大親友のこの男を。
「つかまれ」
秀也の肩に、オレの右腕がかけられ、立ち上がらされる。決して強引ではなく、ゆっくりと。
秀也はその後、魔法使い達に何か説明したようだったが、内容はよく分からない。ただ、秀也の芯の通った強い声に、救われた気がした。
「まさか、拓斗まで魔法見習いになってたとわなぁ!」
ピアさん、雨宮さん、安晴さんと別れた公園からの帰り道、秀也はオレの背中をバシバシ叩きながら笑っていた。わざと明るくしていることは明白で、
こいつはそういうところがある。
あのコントラバスケースを持っていた男は、秀也だった。
秀也は笑いながら、そしてどこかマジメに、自分がどうして魔法見習いになったかを話してくれた。
秀也が昨日下校していると、どこから現れたのか、妙な動きをする人が近づいてきたかと思えば、突然殴りかかってきた。まるで操り人形のような動きだったらしい。
秀也は剣道部ゆえ、持っていた竹刀で自己防衛するも、その人は何発竹刀を浴びようとも秀也に襲い掛かってきた。これはダメだと思い、秀也が逃げようとしたそのとき、
そこをピアさんによって助けられた。そのときも、ピアさんは何かの武術によってその人を投げ飛ばし、秀也をつれて自分の家につれこんだらしい。そして家に着くと、
秀也が殴られた箇所に手を触れ、それを直してくれたというわけだ。
今日公園にいたのは、その後のいきさつで秀也に魔法の指導をすることになった安晴さんにつれられたからとのこと。
ちなみに、さきほどのコントラバスケースは、安晴さんの黒い大剣をしまっておくケースで、何かくわえたような話し方だったのは、ケースのせいで手がふさがっており、
自分の木刀袋を口にくわえていたからだとか。だから、他に持ち方があるだろう。肩にかけるとか。
「にしてもすげーよな、魔法。オレのここんとこ、殴られてマジ腫れてたんだけど、ピアさんにかかれば一発だったぜ」
秀也は自分の右頬を指差す。
「ピアさんはね、いろんな武術を混ぜ合わせた自己流体術の使い手なんだよっ。ピアさんは唯一の回復系魔法使いだけど、攻撃系の魔法は使えないからね。魔力には属性があるらしい
んだけど、リンにはよく分からないな。その辺はあとでレイちゃんにでも聞いといて!
あ、それとピアさんは抑制系の魔法も使えて、さっき拓斗くんの出した爆発を収めたのはピアさんの魔法なんだよねっ!」
リンが補足するように言う。ピアさんのことを話すときのリンは楽しそうだ。
「何にしても、驚いたよ」
正直な感想だった。もっとも、驚いたのは、あんなものを出した自分や、それを消したピアさん、まして突然現れた秀也に対してではない。
魔法。
あれから少し時間がたったため、恐怖心は大方消え去ってくれたが、今思い出してみると、魔法ということばが頭の片隅に現れ、そしてどんどん大きくなる。
実際問題、あれがなぜ魔法なのか説明せよと求められれば、それはまず無理。ただ、これは身体がそうだと訴えて止まない。逆に言えば、魔法以外の何なのかと
問われては、他の何物でもないと言いざるを得ない。
「拓斗くん、拓斗くんっ! 今日もうちに泊まっていくよね??」
「ぬゎに! 拓斗、お前こんなかわいい子の家に泊まってたのか?!」
人が考え事をしている隣では、下校途中の小学生かと思うほどのハシャぎっぷりの二人。この二人、どこか似ている。オレを、大切に思ってくれている。
自意識過剰でないこと、確証はないが、確信があった。
「ゴメン、いいかげん着替えたいよ。レイさんにも悪いしね」
それでもオレがリンの申し出を断るのは、一人で考えたいから。魔法のことを、これからオレはどうすべきかを。
いや、もう答えなんて決まっている。オレは、魔法と付き合っていく。今まで散々バカにしてきたことの、せめてもの罪滅ぼしとして。
なんて、言い訳じみたことはやめよう。罪滅ぼしなんかじゃなく、オレは魔法のことを知りたい。そうだ、分かっていたんだ、一昨日初めてリンを目にしたその日から、
魔法はオレの目の前にあるということを。