4章 魔法使い達の集いの日
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ちょっと待て。
舞台上に現れた秀也を見て、オレは狐だけでは飽き足らず、狸とネコあたりにもつままれたような気分になった。この気分を誰かにぶつけようにも、
周りに知り合いはいない。舞台の横に、司会のピアさんや、安晴さんと雨宮さんも見えるのだが、体育館の中央より少し後ろのこの位置からでは遠い。リンもどこかに
いるのだろうが、この人混みで探すのは、森で葉を探すくらいとまでは言わないが、カレーに入ったリンゴとジャガイモを食わずに区別するくらい難しい。
そんな中、秀也は話を続けている。始めは時候の挨拶だったが、さきほどからちらほらと魔法ということばが出始める。さきほどのピアさん達の話も気になるし、このやたら
低い声の秀也の話を聞いたほうがいいのだろうか。
「今年は大会の年。この四年の間に魔法を知ってしまい、魔法見習いになったものは、精進して大会に臨め。師はそれによって階級が上がるように努力しろ」
少し聞いてみるも、さきほどのピアさんの話を理解するどころか、余計に分からなくなってしまいそうだ。新たな単語もそうだが、あいつが話しているという
不自然さ。どうしてもぬぐえない。
「今回の魔法見習いは十数名。人数は例年より多いが、大半がここ一ヶ月で魔法見習いになった者達だ。それぞれの師がどの程度魔法のことを説明したか
分からないが、オレからもある程度説明をしておく」
しばらく見ていたが、秀也は表情ということばを知らない人のように話を進める。そして、この話を聞くにはあいつの顔を見ていては無理だと悟ったオレは、フローリングを
眺めることにした。
始めは、魔法そのものの説明。これは昨日リンに聞いたものと大差はなかったので、聞き流す。しかし、微妙にリンの話し方から信じていなかった部分もあったのだが、
こう厳格に言われてしまうと信じられるような気がするから不思議だ。声だけなら、あいつとは全くの別人。
「お前達の実力により、師に与えられる階級が変化する」
お前達とは、オレ達魔法見習いのことだろう。そして続ける秀也の説明で、姓、つまり苗字ということばが出てきた。これが恐らく、ピアさんとスズカさんが言っていたことだろう。
魔法使い達は、魔法同様階級で分けられていて、これも同様に、上級、中級、初級と分けられる。ただし、四人衆と呼ばれる特級もあるそうだ。ここで使われるのが苗字。
それによって、どの階級の魔法使いなのか分かるということらしい。初級ならば苗字なし、中級ならば苗字あり、上級ならば天気に関係した文字が入る苗字を持つ
とのこと。
つまりあの二人が言いたかったのは、兄弟姉妹であったとしても、苗字が同じとは限らないということだ。ということは、苗字を名乗らなかったスズカさんは初級で、
"曇"の文字が入る苗字を持つピアさんは、上級ということなのだろうか。
「オレを含めた四人衆の紹介をする」
秀也があいかわらずの淡々とした口調でそう言うと、しんとした館内に、フローリングが軋む音。誰かが壇上に上がるところらしい。
四人衆とか、特級とかと呼ばれるくらいだ、魔法使いの中でのエライ人達に違いない。お近づきになることはないとは思うが、顔くらい拝んでおいたほうがいいだろう。
「得意なのは地を扱う魔法。様々な情報を皆様にお届けするのを主な役割としております、雨宮アテナですわ。よろしくおねがいいたします」
やめておこう。そうだ、やめておこう。やはり、お近づきになることはないんだ、顔を拝む必要もない。
壇上に上がった数人は、自己紹介を始めたようだが、心にそう誓う。いや、心だけでは足りない。脳と脊髄と毛細血管と、とにかく体中にインプットした。しかし、それにより
耳が機能停止したわけでもなく、声は耳へと突入してくる。
「回復担当の曇樹ピアよ。四人衆の中では一番経験が浅いから、あんまり役に立てないかもしれないけど、よろしくね」
「えーと、なんだ、安晴ヴィスマだー。得意なのは剣術、それ以外なし。以上ー」
気のせいだ、そうに決まっている。いやむしろ、これは夢だ。魔法とか魔法使いとかその辺りから、全部夢だったんだ。そうでなければ、これはおかしい。
壇上にいるのは、秀也、ピアさん、雨宮さん、安晴さん。なぜだ、全員知り合いだぞ。しまった、誓って数秒でそれを破ってしまったではないか。
「改めて言う。オレは四人衆リーダー天気シュラ。役割は総括」
そして、最後に秀也がそう名乗る。誰だあまきしゅら。お前は天野秀也だろう。なんとなく名前も似ているが。
ところで、我慢できないものがある。口内から唇を突っつかれる。
「えええっ?!」
出てしまった。言うまでもなく、周りの人達から浴びせられる冷たい視線。冷凍ビームか。
その後も、シュラとか名乗った秀也の話は続いた。
四人衆は、天気、晴、曇、雨の字が苗字に入っている者達だとか、魔法使いの階級の分布人数だとか。
しかし、そんなことはどうでもよかった。オレが気になったのは、最後に話した"大会"のことだ。ピアさんのことばの中にも出てきていて、それがどんなものか知りたかったことだ。
「……」
だが、正直聞かなければよかったと思った。
大会は、三週間後に行われる魔法見習い達の戦いの場で、いわば魔法使いへの登竜門といったところか。魔法見習い十数名でトーナメント戦を行い、それによりオレ達
の階級、そしてそれぞれの師匠の階級が決まるとのことだ。その対戦方法といえば、実戦。各々学んだ魔法を駆使しての戦闘だ。
オレは見て、オレは感じた。魔法というものの恐さを。それなのに、オレに実戦なんてできるのだろうか。そもそも、オレに魔法なんて使えるのか。不安の
ビッグウェーブは、もはや乗りこなせない。
「あ……」
そんなとき、集会が終わり岐路に着く人たちの波に紛れて、あいつがこちらに近づいてくる。
秀也。
こいつには聞きたいことがある。
「秀……!」
素通り。
あいつは一瞥もくれることなく、黒いコートを微かに揺らし、オレの横をただ通っていった。
遠目からでは分からなかったが、あまり光を帯びていない目や、さきほど話していたことが嘘のように感じられるほど硬く結ばれた口。秀也の服の趣味は、派手なものが主体。
真逆。
秀也の、百ワットの電球を入れているかのような目、風が吹いたら飛ばされそうなほど軽い口。その黒装束の男は、何もかも逆。
同じなのは、見た目だけ。ツンツン頭に、オレより少し高い背。
誰だ、あれは。
「拓斗くん拓斗くん、拓斗くんっ!! ちょっと聞いてよぉ」
「拓斗さん、ちょっとお聞ききになってくださいませんか!」
まさかドッペルゲンガーか何かかと考えていたとき、拡声器が泣いて逃げ出すような声とともに、リンと雨宮さんが現れた。雨宮さんが壇上にいたときとは別人のように思えてしまう。
まだやってたのかこの二人。
「拓斗くんヒドイんだよアテナって! リンのこと、ひ……貧乳だって!!」
「リンさんこそ私のことを、と……年増などと言ったではありませんか!!」
オレのシリアスな思考を返してくれ。
「はいはいはい、いいかげんにしなさいよ、二人ともっ! 拓斗くんが困ってるわよ?」
結局、ピアさんに仲裁に入ってもらってしばらくしてから、ようやくリンと雨宮さんのじゃれ合いは終わった。そして今は、リンと一緒にリンの家へと向かっている。
不思議なのは、オレの中の不安ということば巡りも終わったことだ。リンといると、何とかなるような気になってしまう。
分からないことや理解に苦しむものは、ここ数日でいくつもあるはずなのに、なぜなのだろうか、リンはそれらを忘れさせてくれる。この無邪気さからくるのか、
オレが単に振り回されているだけなのかは分からないが、何だか心地よい。
「ゴメンね拓斗くん、いろいろ説明不足なダメ師匠でっ。でもでも、これから三週間、一緒に頑張っていこうねっ!!」
笑顔。リンのためにあることばだと言い切れるほどの、輝く笑顔。
だからオレは、
「うん、よろしく、リンっ!」
リンの手を取って、走り出す。